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ブログ更新11/18

治安維持法犠牲者国賠同盟
わかやま有田支部ニュース

「不屈 有田版」 2011/11/18更新

【不屈和歌山有田支部版ブログ】
治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟和歌山有田支部のブログです。
憲法の話題、平和と戦争の話題、暮らしの話題、短歌、俳句、川柳など機関紙「不屈 有田支部版」「不屈 和歌山県版」等への支部会員の投稿記事を中心に身近な話題を掲載しています。

【私たちの運動】
ふたたび戦争と暗黒政治をくりかえさないために、治安維持法犠牲者国家賠償法(仮称)の制定をもとめる平和・人権・人道の国会請願署名運動など精力的に取り組んでいます
あなたのご訪問が ようこそ、治安維持法犠牲者同盟有田支部ブログへー 番目


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# by hukutsu-arida | 2011-11-18 23:59 | お知らせ

治安維持法と現代№22

治安維持法と現代を結ぶ総合誌
治安維持法と現代 №22 2011秋季号



ご注文は和歌山有田支部またな和歌山県本部へ

治安維持法と現代

嵐のなかでたたかいを前進させている
          スペインを再び訪ねて


「歴史の記憶に関する法律」のその後と
       日本国憲法9条の碑を見る

                    吉 田 好 一


治安維持法国賠同盟と共催で

 私は、本誌「治安維持法と現代」二〇〇八年秋季号に「反ファシズムの集大成 スペイン『歴史の記憶に関する法律」と題する文章を掲載させていただいた。そのなかで、「歴史の記憶に関する法律」(以下、「記憶法」と略)の内容や成立した経過について簡単に書いた(注参照)。
 この法律を知ったのは、国連拷問禁止委員であるスペインのマリーニョ・メネンデスさん(カルロスⅢ世大学教授)を通してであった。
 二〇〇七年五月、拷問禁止条約第一回日本政府報告書蜜査については、本誌二〇〇七年秋季号に、国際人権活動日本委員会など四団体の「意見」が、二〇〇八年秋季号には、拷問禁止委貝会の「結論と勧告」が掲載されている。改めて本誌編集部のご努力に敬意を表したい。
 本文は「記憶法」のだたかいが、その後どうなっているのか、二〇〇九年四月{国際人権活動日本委員会主催}と今年六月一一六日から七月三日まで、治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟との共催によるツアーが企画され、二四名が参加した。その内容をお伝えしたい。

「記憶法」の専門家お二人と意見交流会

 六月―八日、マドリッドで、一一年前に訪問したときにお匪話になったメネンデスさんと、同僚で「記憶法」の専門家であるラファエル・エスクデロ教授のお二人と意見交流会(下の写真)が行われた。


 最初に私から「フランコの内戦・独裁時代における犠牲者の名誉回復のための『記憶法』は日本でも関心が高い。日本の歴代政府は侵略と植民地支配、国内外の弾圧を反省していない。こういう法律をぜひ日本でもつくりたい。東日本大震災での福島第一原発事故は放射能を世界に撒き散らしている。広島・長崎で被爆国となった日本が、いま加害国になっている。原発をなくし、スペインでも進んでいる自然子不ルギーによる発電についても学びたい」と発言しました
 メネンデス教授は「ふたたびお会いできて非常に嬉しい。国連の拷問禁止委員をしている。国運に訴えにきた布川事件が無罪を勝ち取った報告は大変うれしく感じている。三月の大震災にお見舞い申し上げる。スペインには八か所の原発があり、サパテロ社会党政権は閉める計画はないが、新しく作る計画もない。ここ数年太陽パネル、風力発電などが急激に伸びている。フランコによる犠牲者の骨を子孫に返す、先祖の名誉を回復するのは非常に難しい」と述べた。
 エスクデロ教授は「一九三六年以来フランコにより一四万四千人が合同墓地に葬られている。「記憶法」は政党ではなく市民団体で問題にし社会党が支持して出来た。国民党(右派)は『昔の傷を広げる』と反対している。次回の総選挙でサパテロ政権が負ければ『記憶法』がなくなるかもしれない。フランコ主義の思想は根強く残っている。特に警察や車隊の中に。フランコの墓も残っている。教科書に共和同政府のことが書かれていない」など、「記憶法」に基づくたたかいの前進が、逆流に抗して厳しいものになっていると話された。

ゲルニカ、グランカナリア島に分かれて

 代衣団は二九日よりAコース(一三名)、Bコース(九名)の二つに分かれた。
 Aコースはスペイン最古の大学の街サラマンカの「歴史の記憶法資料館」を見学。七月一日にはパブロ・ピカソの壁画で有名なゲルニカヘ。一九三七年四月二六日、フランコはヒトラーなどの力を借りて広島・長崎へっながるゲルニカヘの無差別爆撃を行った。ゲルニカ平和博物館(本誌[日本と世界の戦争博物館]参照)を見学し、空爆の被害者である八八歳のルイス・イリオンドさんの体験を聞いた。
 私は、1年前のツアーで、四月二六日にゲルニカに行き、追悼式典に参加した。フランコは「爆撃はアカがやった」と宣伝し、フランコが死ぬまでイリオンドさんもそう思っていたという。
 Bコースは、マドリッドから1000キロ離れたカナリア諸島のグランカナリア島を訪れた。グランカナリア島で二番目に大きい街、テルデ市を訪問し、市職員の案内で「ヒロシマ・ナガサキ広場」を訪れ、日本国憲法九条がスペイン語で書かれている碑を見学した。日本でもこうした碑はないのではないかと思う。この碑ができたいきさつは、テルデ市がNATO加盟と軍事基地設立に反対し「非核宣言」を行ったたたかいのときに、非核と平和を求める市民のあいだで日本の憲法が話題になり、一九九六年に広場(ヒロシマ・ナガサキ広場)と九条の碑が建設されたということだ。

日本国憲法9条の碑の前で


スペイン法律家たちと日本人との取組みが

 また、グランカナリア島では、ラスパルマス大学のカルメロ・ペレス教授(二年前にも『記憶法』に関ったメンバーということでお会いしている)のお世話で、平和・人権の活動をしているNGO八団体との意見交流会を持つことができた。
 ベレス教授は「カナリア諸島にも市民戦争時の三〇〇〇人の遺体が埋められている。『記憶法』の条文は不十分で、日本の憲法のような明確な規定がほしい。スペイン政府の対応も不ト分である」と語り、平和への権利国連宣言をつくるためにスペイン国際人権法協会(ベレスさんはこの協会の事務局長)が日本の学者・法律家とも協力していることを話された。「平和への権利宣言」は、日本国憲法九条だけでなく、憲法前文の平和的生存権を高く評価し、それを盛り込んだ国運宣言をするよう人権理事会への取り組みを行っている。
 ペレス教授から日本の書籍のカバー・をコピーしたチラシを渡された。「平和への権利を世界に」(かもがわ出版)笹本潤(弁護士、国際民主法律家協会事務岫長)・前田朗(国際人権活動日本委員会、東京造形大学教授)編著の本である。お二人ともジュネーブで活躍している。八月の人権理事会諮問委員会の前に、ジュネーブで「人民の平和に関する専門家協議会」を開催し、笹本さん、前田さんと塩川頼男さんが事務局を担当したということである。諮問委員会では、前田さんと笹本さんが、このテーマで発言した。
 また、今年の一二月には、「平和への権利を世界に」国連宜言の実施をめざす運動の一環として、スペイン国際人権法協会の会長、事務局長が来日する予定である。

「記憶法」は真実を探求するたたかい

 参加したNGOはフ牛和と人権カナリア諸島文化区域の会」「パレスチナ人社会のための女性の会」「難民援助のためのスペイン委員会」「歴史の記憶の会」「『私は女性』の会」など八団体九人で、それぞれの活動の紹介があった。最初に発言した「歴史の記憶の会」のイサベルさんは、「父親が市民戦争で処刑された。テルデの火山の火口に共産党員の遺体が放り込まれた。「記憶法」では遺体を掘り出す許可がでない。行方不明者のリストが不十分である。『歴史の記憶法』のたたかいは真実を探求するたたかいである」と非常に感動的な発言をした。カルメンさんは、父親が社会党・人民戦線に関与し、二〇年の実刑を受けた。自分もフランコ政権に迫害され、四○年前にカナリア諸島に逃げてきた。バスケスさんも弾圧された家族だ。叔父さんは迫害されフランスヘ亡命したが、フランスもナチスの占領下でドイツの捕虜となった。現在も帰国していない。バスケスさん自身は一九五七年に非合法下の共産党員になり、一九七〇年デンマークに亡命。フランコが死亡してからスペインに戻ることができた。
 続くNGOの方々の発言も「記憶法」にもとづくたたかいが、いかに困難なものかを語ってくれた。司法も保守的であると。しかし、「記憶法」は無駄、無効ではない、という力強い発言が最後にあった。

近代史の苦しみの中から

 『記憶法』に関する二度のツアーで感じたことはこの法律がスペインの近代史の苫しみの中から生まれたものであり、一般市民の力で誕生させるまでは難産だったと聞いている。野党国民党はもとより、この法律を成立させた社会党の中にも「過去の問題を掘り返さなくても」という意見があったりする。次の総選挙でサパテロ社会党政権が倒れればづ記憶法』もどうなるかわからないという心配も聞く。法律に不ト分な点があるとはいえ、治安維持法や横浜~件やレッドーパージなどの大弾圧や侵略と植民地支配について明確な反省も謝罪も補償もない日本にくらべれば『記憶法』を誕生させたスペインの社会は立派である。フランコ派の残党や右翼、保守勢力からはげしい攻撃を受けている中で、『記憶法』の精神をけハ体化し、前進させようとたたかっている学費、弁護士、NGOの活動家と交流できたことは非常に有意義であった。
 「日本でも『記憶法』を」という思いを強くし、これからも引き続き「記憶法」を学び、研究していきたい。

(よしだ こういち・国際人権活動日本委員会代表委員)

(注)

 歴史の記憶に関する法律

  スペインでは、一九三六年に選挙で成立した民主主義的な共和政府を打倒するために、ファシストのフランコ将軍が、ドイツのヒトラーやイタリアのムッソリーニの力を借りて反乱軍を蜂起させ、一九三九年に終結するまで内戦状態となり、以後一九七五年にフランコが死去するまでので六年間、独裁体制が続いた。この法律は、スペイン内戦や独裁体制の間に、政治的・思想的な理由により迫害された人に対し、その刑罰・人権侵害の不当性を宣言し、名誉回復をする権利を認め、犠牲者、遺族に年金・賠償金を国が支給。犠牲者の発見、遺体の発掘を国が支援するとしている。スペイン内戦に共和政府側の義勇兵として参加した外国人にもスペイン国籍取得の権利を認め、その場合、賠償などが適用される。独裁政権を賛美する公共の記念物の撤去、資料センター設置などを定めている。


絵手紙 (「不屈」和歌山版 2011年5月15日号より)


「治安維持法と現代」 2011年秋季号 112~117頁

無言館とちひろ美術館

無言館と安曇野ちひろ美術館を訪ねる旅

2011年度「不屈」バスツアー


◇とき:10月12日(水)
    ~13日(木)


◇宿泊:鹿教湯(かけゆ)温泉・ニューかどや

                         (TEL:0268-44-2016)

 戦場に散った画学生たちの絵を展示する無言館。「世界中のこどもに平和としあわせを」と子どもや花を描いたいわさきちひろの美術館。信州の山宣記念碑も訪れます。反戦平和への決意を固め、治安維持法犠牲者を追悼するとともに、深まる信州の秋を満喫し、英気を養いましょう。


無言館

 長野県上田市、周りを山々に囲まれた田園地帯の丘の上に、ひっそりとたたずんでいる小さな美術館「無言館」。

 静まりかえった「無言館」の扉を押すと、志を果たすことなく戦場に散った画学生たちの声が聞こえてきます。




 絵描きになりたいと願いながら、一枚の画布、一冊のスケッチ帖に「生命の証」をきざみこんで戦地に発った若者たち。

「無言館」館主窪島誠一郎さんは、その画学生たちの遺した作品、遺品を全国各地に訪ね、収集しました。










安曇野ちひろ美術館

 青春時代に戦争を体験したちひろは、「世界中のこどもみんなに平和と幸せを」ということばを残しています。




 ちひろが描いた子どもや花は、今もいのちの輝き、平和の大切さを語り続けています。

 97年にオープンした安曇野ちひろ美術館は多くの人が訪れ、いわさきちひろの代表作のほか、初期の素描、水彩、信州との深い結びつきを示す作品など、約80点が展示され、ちひろの画業の全体像に触れることができます。










山本宣治・高倉テル記念碑

 29年3月1日、高倉テルの義兄弟にあたる山本宣治を招き講演会が行われました。この講演の4日後の3月5日、山本宣治は治安維持法改悪承認の議会にただ1人反対演説をすべく上京しましたが、その夜右翼に暗殺されました。抗議の記念碑が高倉テルの借家の庭に建立されました。



◇申し込み:各支部事務局長
  または和歌山県本部
(TEL/FAX:073-422-7076)


# by hukutsu-arida | 2011-08-06 23:59 | お知らせ

レッド・パージつどい

レッド・パージつどい
大阪弁護士会中本会長メッセージ


 大阪弁護士会の中本和洋会長が「戦後最大の人権侵害、レッド・パージ大阪のつどい」(23日、大阪市)に寄せたメッセージを紹介します。

 日本弁護士連合会においても、これまでに2度にわたって、被害者の名誉回復と補償を含めた適切な措置を講じるように求める勧告を発表してきたところです。それにもかかわらず、いまだに、政府がなんらの措置を講じようとしていないことは、誠に遺憾なことであります。
 レッドパージが風化することがないよう、次世代にこの歴史的事実を伝えることは有用なことであり、本日のつどいは、きわめて有意義なものです。
 つどいが、被害者の名誉回復や補償などの措置が実施されることへ向けた大きな力となることを祈念します。

(2011年07月27日  「しんぶん赤旗」)


# by hukutsu-arida | 2011-07-27 15:09

レッド・パージのつどい

名誉回復と賠償を
レッド・パージのつどい/大阪


 「戦後最大の人権侵害、レッド・パージ大阪のつどい」が23日、大阪市内で開かれました。大阪労連や日本共産党府委員会、法曹など15団体が呼びかけました。
 日本共産党員やその支持者であるというだけで「企業破壊者」などのレッテルを貼られ、職場を追われたレッド・パージ。日弁連が「勧告」をだすなど、違憲・違法な人権侵害を告発する世論が高まり、80人の参加者は、被害者の名誉回復と国家賠償を実現し、歴史の教訓を次世代に伝えていこうと決意を新たにしました。
 日本共産党の山口勝利府委員長が「憲法にもとづき民主主義を前にすすめるため、この歴史の誤りをあいまいにすることはできない」と開会あいさつ、「つどいの成功で大阪の運動を前進させよう」と呼びかけました。
 「こうしてレッド・パージされた」と被害者が次々に発言しました。佐藤貴美子さん(83)は「放送局では、拳銃を突きつけられ、職場から放りだされた」と訴えました。
 各団体代表が名誉回復と補償の実現、語り継ぐためにがんばりたいと表明しました。
 レッド・パージ国賠訴訟原告弁護団の西田雅年弁護士が、「いまこそ被害者の名誉回復と賠償を レッド・パージ国家賠償訴訟の神戸地裁判決を受けて」と題して講演しました。

( 2011年07月24日  「しんぶん赤旗」)


# by hukutsu-arida | 2011-07-24 15:14

レッド・パージ記念誌

レッド・パージ/60周年実委が記念誌を発行

 「レッド・パージ60周年記念のつどい」実行委員会は、この「つどい」の内容を収録した記念誌(写真)を発行しました。
 「つどい」は、日本共産党員や労働組合活動家が職場を追放されたレッド・パージから60年を迎えた昨年12月に開かれました。被害者の名誉回復と国家賠償を実現し、歴史の教訓を次世代に伝えていこうと決意を新たにしました。
 記念誌には、日本共産党市田忠義書記局長のあいさつ、北海道教育大学の明神勲名誉教授の記念講演、被害者の告発、各分野からの連帯のあいさつが掲載されています。
 「たいへん勇気づけられたつどいだった。改めてその思いをかみしめている」(被害者)、「言葉だけは知っていたがレッド・パージをよくわかった」(労組役員)など好評です。
 1部600円。問い合わせ先=レッド・パージ反対全国連絡センター℡03(3576)3755(ファクス兼)

( 2011年07月21日  「しんぶん赤旗」)


# by hukutsu-arida | 2011-07-21 15:18

レッド・パージ問題で要請

日弁連に支援要請
レッド・パージ問題で連絡センター


 レッド・パージ反対全国連絡センターの代表は13日、日本弁護士連合会を訪ね、レッド・パージ問題の解決に向けて日弁連のいっそうの支援を要請しました。
 代表団は、これまで日弁連が2度にわたってだした救済勧告や、「レッド・パージ60周年記念のつどい」(昨年12月)への会長メッセージ、神戸地裁でのレッド・パージ国賠訴訟不当判決(5月26日)に対する厳しい批判と「改めて政府に勧告実施の措置を講ずるよう」求めるとした会長談話など、「たいへん激励されてきた」と謝意をのべました。
 そのうえで、レッド・パージ問題の解決に向けて支援をさらに強めてほしいと発言。①政府に勧告実施へ働きかけをしてほしい②人権救済申立に対して未勧告の7府県弁護士会が早期に勧告するよう働きかけしてほしい③シンポジウム開催や同連合会「人権ニュース」でレッド・パージ特集を組むなど可能な手だてを講じてほしい―と要請しました。
 要請には、日弁連人権第一課が応対。人権擁護委員会の次回の会議に要請は必ず報告し、審議してもらうとのべました。

( 2011年06月15日 「しんぶん赤旗」)


# by hukutsu-arida | 2011-06-15 15:23

レッド・パージ国賠控訴

レッド・パージ国賠訴訟/大阪高裁に控訴

 GHQ(連合国軍総司令部)占領下で日本共産党員と支持者が職場から追放されたレッド・パージの犠牲者が国家賠償を求めた訴訟で9日、原告側は、請求を棄却した神戸地裁判決を不服として大阪高裁に控訴しました。
 レッド・パージで職場を追われて収入を絶たれ、犯罪者扱いされるなど苦難を強いられてきた、大橋豊さん(81)、川崎義啓さん(94)、安原清次郎さん(90)=いずれも神戸市=は、「生きているうちに名誉回復を」と09年3月に提訴。原告側は、日本政府が積極的にレッド・パージを実施したことを明らかにし、被害救済の義務を負っていると主張しましたが、神戸地裁は5月26日、国に救済の義務はないとして請求棄却の判決を言い渡しました。
 控訴状提出後の報告集会で、大橋さんは「良心と憲法にもとづく判決をと大いに訴えたい」、川崎さんは「勝利判決を見ずに死ぬわけにはいかない。そのためにせいいっぱい長生きしたい」、安原さんは「私は悲観していない。このたたかいは生きがいです」と、控訴審勝訴へそれぞれ決意を語りました。

( 2011年06月10日 「しんぶん赤旗」)


# by hukutsu-arida | 2011-06-10 15:26

名誉回復へ/レッド・パージ

名誉回復へ国会行動/レッド・パージ反対センター

 レッド・パージ反対全国連絡センターは7日、レッド・パージ犠牲者の名誉回復と国家賠償を求めて国会請願行動をおこない、全国活動交流集会を開きました。
 13都府県から46人が参加し、各党国会議員に要請しました。
 要請後、参院議員会館で国会請願行動・活動交流集会を開催。参加者は昨年を超える2万5670人分の請願署名を日本共産党の塩川鉄也衆院議員に手渡しました。
 塩川議員が連絡センターと固く連帯してたたかう決意を表明して、大きな拍手につつまれました。
 坂本修弁護士が、犠牲者の国家賠償を求める訴えを棄却した神戸地裁判決(5月26日)の「不正義」と題して特別報告。真実に背をむけ憲法と道理に反した最悪の判決だと批判。控訴審で正義の判決をかちとるため法廷内外の力を強め、国会で名誉回復・損害補償のための決議、立法の実現を追求していきたい、とのべました。
 運動の交流で大阪の代表は、「大阪からも運動に合流していこうと被害者の名簿づくりをして46人になった。7月には大阪の集いも開くことにしている」と報告。神奈川の代表は「請願署名数が昨年を超えることができた。友人、知人に手紙で依頼して署名を集める人が増えている」と報告しました。
 交流集会では日本共産党の吉井英勝衆院議員、仁比聡平前参院議員が連帯のあいさつをしました。

( 2011年06月08日 「しんぶん赤旗」)


# by hukutsu-arida | 2011-06-08 15:30

レッドパージ判決抗議声明

レッド・パージ訴訟神戸地裁判決
人権救済機能を放棄 原告弁護団が抗議声明


 レッド・パージ訴訟・神戸地裁判決で原告弁護団は26日、抗議の声明を発表しました。
 声明は、原告は違憲違法なレッド・パージにより社会から排除され、現在に続くまで継続的な人権侵害を被ってきたと指摘。このことは日弁連「勧告」などで繰り返し認定されているのに、一顧だにしていないと批判しています。
 連合軍最高司令官のマッカーサーの指示が公共的報道機関についてのみならず「その他の重要産業」にも及ぶとし、「そのように解すべき旨の指示が当時当裁判所に対してなされたことは当法廷に顕著な事実」とした1960年の最高裁決定にたいし、明神勲・北海道教育大学名誉教授が「顕著な事実」など存在しないことを詳しく立証したことや、レッド・パージが閣議決定によって決定されたことをまったく顧みようとせず、国の責任を認めなかったのは、司法の人権救済機能を放棄したに等しいとしています。
 GHQ(連合国軍総司令部)の指令は超憲法的効力があるとした、かつての最高裁大法廷決定は、司法の歴史に一大汚点を残すものであり、この汚点を拭うべき判断が求められていたが、判決がこれにこたえず誤った判断に終始したことは厳しく批判されるべきだと強調。不当極まりない判決に強く抗議するとしています。

( 2011年05月27日 「しんぶん赤旗」)



# by hukutsu-arida | 2011-05-27 15:48

レッドパージ判決報告集会

レッド・パージ判決報告集会/
良心のかけらもない/原告・支援者ら怒り


 日本共産党員であることを理由に解雇・免職されたレッド・パージ犠牲者が国家賠償を求めた裁判で、請求を棄却した神戸地裁判決があった26日、中央区内で報告集会がひらかれました。

 支援者らの怒りと激励のなか、原告の川崎義啓さん(94)は「思っていたのと逆の判決に驚いている。長生きしなくちゃならないたたかいが始まります。認めるわけにはいきません」と力強く決意を表明しました。安原清次郎さん(90)は「まじめに働いて、思想・信条の自由を守って、普通の生活ができるようにしてほしい」と語りました。大橋豊さん(81)は「生きている間に勝ちたい」と思いを語り、弁護団、支援者らが大きな拍手をおくりました。
 弁護士の橋本敦氏は、良心のひとかけらもないむごい判決と批判し、「日本の正義のため、歴史を変るため支援を」と訴えました。藤木洋子元衆院議員は「怒りでいっぱい」と強調、「これだけの社会的問題にした3人のたたかいは素晴らしい。大変な努力です。一緒にがんばりたい」と激励。岡正信日本共産党県委員長は「本当に悔しい思いがある。3人の革命的、楽天性、不屈性を痛感した。たたかいの前進のために力を尽くしたい」と決意を表明しました。

( 2011年05月27日 「しんぶん赤旗」)



# by hukutsu-arida | 2011-05-27 15:47

レッドパージ国賠

レッド・パージ国賠訴訟不当判決
憲法無視の暴挙容認/市田書記局長が談話


 レッド・パージ国賠訴訟の神戸地裁判決について日本共産党の市田忠義書記局長は26日、次のような談話を発表しました。

 神戸地方裁判所は、思想・信条を理由に職場から排除され、60年余にわたって苦難を強いられてきたレッド・パージ被害者の国に対する謝罪と名誉回復、損害賠償の訴えを棄却した。これは「占領軍指令は超憲法的効力を有する」と日本国憲法を無視したかつての最高裁決定にしがみつき、「戦後史の汚点」というべき暴挙を今日なお容認したきわめて不当な判決である。
 すでに日本弁護士連合会は、レッド・パージが、特定の思想・信条を理由とする差別的取り扱いであり、憲法と世界人権宣言がさだめる思想良心の自由、法の下の平等、結社の自由の侵害であることを明らかにし、少なくともわが国が主権を回復して以降、被害回復は容易であったにもかかわらずこれを放置してきた国の責任を厳しく指摘して、すみやかに適切な措置を講ずるよう総理大臣に勧告している(2008年)。
 裁判における専門家証言を通じて、「連合国軍最高司令官の指示」は単なる「助言」「示唆」にすぎず、主たる責任は日本政府にあったことが明らかとなった。
 レッド・パージ被害者の名誉回復と補償は、自由と民主主義をわが国に確立するうえで今日的意義をもっている。日本共産党はその実現のためにいっそう奮闘するものである。

( 2011年05月27日 「しんぶん赤旗」)

# by hukutsu-arida | 2011-05-27 15:45

レッドパージ国賠

レッド・パージ国賠訴訟
神戸地裁が不当判決
国の被害救済の義務否定


 1949年から50年にかけて日本共産党員と支持者数万人が職場から追放されたレッド・パージの犠牲者が国に対して国家賠償を求めた訴訟で26日、神戸地裁は原告の請求を棄却する不当判決を出しました。

 原告は、大橋豊さん(81)、川崎義啓さん(94)、安原清次郎さん(90)=いずれも神戸市在住=。レッド・パージのため、職を失って収入を絶たれ、犯罪者扱いされて再就職もままならないなど苦難の人生を強いられてきた3人は、「生きているうちに名誉回復を」と09年3月に提訴したものです。
 原告側は、GHQ(連合国軍総司令部)はレッド・パージを指示・指令ではなく示唆したのであり、日本政府はレッド・パージの実施を回避できたにもかかわらず、自ら積極的に実施したことを詳細に明らかにしました。少なくとも主権を回復した講和条約締結後は被害を救済するべき作為義務を負い、これをおこなわないのは違法だと主張しました。
 判決は、「アカハタ」無期限発行停止などを求めたマッカーサー書簡の趣旨は広範なレッド・パージを指示したものと解釈したうえで、政府はそれに従わざるをえなかったとして、被害救済の作為義務はないと突っぱねました。マッカーサーの指示に従った免職・解雇は法律上有効であり、講和条約締結後も同じとする旧来の最高裁決定の論理を踏襲しています。
 原告弁護団は、「人権の最後のとりでたる司法に対する期待をまたもや裏切るもの。原告らの憤り、深い悲しみはいかばかりか、不当極まりない判決に強く抗議する」との声明を発表。大橋さんは判決後、「いまも憲法は生きていないのか。生きている限り、どこまでもたたかう」と語りました。

( 2011年05月27日 「赤旗」)

# by hukutsu-arida | 2011-05-27 15:43

レッドパージ訴訟

レッド・パージ訴訟/26日神戸地裁判決/
良心と憲法に基づく判決を/
原告の大橋豊さん語る


 1949年から50年にかけて日本共産党員と支持者数万人が職場から追放された憲法違反の暴挙、レッド・パージ。その被害者が国に名誉回復と国家賠償を求めた訴訟の判決が、26日に神戸地裁であります。
 (兵庫県・喜田光洋)

 3人の原告の1人、大橋豊さん(81)=神戸市西区=は、「生きて判決を迎えられるとは、何ともうれしい」といいます。
 50年8月、神戸市中央電報局に勤めていた大橋さんら4人が免職を言い渡されました。父親は他界し、5人家族の世帯主だった大橋さんに、局長は「君は大家族で申し訳ないが」といいながら辞令を渡したといいます。
 4人のうちの1人は直後に自殺。商業新聞は実名をあげて「赤追放」などと、犯罪者扱いしました。
 母親は父親の位牌(いはい)を手に「家族みんなを殺していけ」と大橋さんに叫び、その後、頭を丸めて尼寺に入りました。中学生の妹はバス会社に決まっていた就職が取り消され、家族は一家離散しました。
 大橋さんは職に就けず、苦闘の日々を送ります。後に神戸協同診療所に勤務。民主的医療運動に従事します。
 2000年のレッド・パージ50年を機に名誉回復を求める運動の先頭に。04年、日弁連人権擁護委員会に救済を申し立てました。日弁連は08年10月、レッド・パージは重大な人権侵害と断じ、国と関係企業に救済措置を求める画期的な勧告を出しました。
 大橋さんらは勧告を力に、「生きているうちに名誉回復を」と09年3月に提訴しました。

日本政府が能動的に推進
 同訴訟は、解雇や免職の是非を争ったかつての訴訟と違い、レッド・パージを推進した日本政府の責任を正面から問い、人権をじゅうりんされた大橋さんらへの国家賠償を求めたものです。
 裁判で原告弁護団は、レッド・パージはGHQ(連合国軍総司令部)と日本政府、大企業、最高裁までが共同して遂行したこと、そのなかで、GHQはレッド・パージを指示・指令したのではなく示唆したのであり、政府はその示唆とGHQの権力・権威を利用して自ら積極的・能動的に推進したこと―を詳細な史実をもとに明らかにしました。レッド・パージ研究の第一人者、明神勲・北海道教育大学名誉教授の証言と意見書が大きな役割を果たしました。
 弁護団は、人権を侵害した日本政府には被害を救済すべき義務があり、少なくとも主権を回復した52年の講和条約発効後は救済策を実施できたのにせず、被害を救済すべき義務に違反していると主張しています。

最高裁決定の誤りを論証
 これまで法的救済が閉ざされてきた大もとにある、レッド・パージを容認した最高裁判決・決定についても、誤りを全面的に明らかにしました。
 60年の最高裁決定は、「アカハタ」無期限発行停止を求めた50年7月8日付などのマッカーサー書簡の指示は「その他の重要産業」にも及ぶとし、「そのように解すべきである旨の指示(注 「解釈指示」)が当時当裁判所に対してなされたことは当法廷に顕著な事実」としました。この「解釈指示」をレッド・パージを容認する根拠としたのです。
 これについて明神氏は法廷で、新たに発見したGHQ民政局文書を示し、GHQの「解釈指示」なるものは存在せず、あったのは助言または示唆にすぎないことを疑問の余地なく論証しました。
 3人の原告は、被害の実態を証言。2月の最終弁論で大橋さんは、「私たちは、日本国憲法が最も大切だとする個人の尊厳、思想・良心の自由を奪われたのです。良心に従い、憲法にもとづく判決を」と訴えました。

( 2011年05月24日 「しんぶん赤旗」)



# by hukutsu-arida | 2011-05-24 15:35

大逆事件100年見つめ

大逆事件犠牲者の名誉回復に関する、2011年(平成23年)2月5日付朝日新聞朝刊の記事を紹介します。

大逆事件100年見つめ直す

 明治天皇暗殺を企てたなどとして幸徳秋水ら12人が処刑された大逆事件から100年。社会主義者弾圧のために事件の大半がでっち上げられたとされるが、遺族らは偏見の中で沈黙を余儀なくされてきた。1世紀を経た今、犠牲者の名誉回復を求め、事件を現在につながる問題としてとらえようとする人々がいる。
                          (福井悠介、三島庸孝)

(右) 犠牲者の大石誠之助‥‥‥新宮市立図書館提供 (左) 大石誠之肋の墓に深く頭を下げる二河通夫さん=1月16日、和歌山県新宮市新宮、三島写す

犠牲者、名誉回復の動き

 事件で罪に問われた「新宮グループ」6人の中心地、和歌山県新宮市。死刑になった大石誠之助はアメリカやインドに留学した医師だった。帰郷してからは貧しい人に無料で医療を施していた。
 1月16日。24口の命日を前に、地元の市民団体「『大逆事件』の犠牲者を顕彰する会」のメンバーや市議ら約30人が、新宮市にある大石たち犠牲者の墓参りに訪れた。
 同会会長の二河通夫さん(80)は「新宮では判決直後、不敬な人物を出したことを国に謝罪する大会が計画され、街全体が謹慎する空気になった。遺族にもとんでもない圧力をかけてきた」と話す。
 新宮市議会は2001年、6人は冤罪だったとして、名誉回復を宣言した。二河さんらはいま、大石を名誉市民とするよう、市議会に請願している。請願は1月14日に総務委員会を通過したが、議会内の賛否は割れている。3月初めにも開会する定例会で採択されるか、微妙な情勢だ。
 年老いた遺族は、偏見の中で長い時を生きてきた。
 大石の兄の孫である玉置笛世さん(86)は「大石姓の親戚はみんなよそへいってしまいました。私は姓が違うからいられた」という。
 遺族として取材に応じるようになったのはここ数年だ。だが昨年、知人の男性に「あまり大石と言わない方がいい」と忠告された。
 新宮市に住む30代の男性は無期懲役になった受刑者のひ孫にあたる。祖母と同居していたが、「事件にかかわることはまったく話さなかった」という。事件と自らのかかわりに気がついたのは、中学の授業だった。「遺族にとっては、権力より、世間の方が怖かったんじゃないか」
 事件をどう受け止めるべきか、思いはまだ定まらない。ただ、100年前から突きつけられたままの問いがある、と考える。
 「もし誰かが理不尽に攻撃されてる時、どっちの側に立てるのか。それが問われてるんじゃないかな」

「捜査誘導」問題話し合い

幸徳秋水ら命日  
 幸徳秋水らの命日にあたる1月24日、参院議員会館の講堂で「大逆事件百年後の意味」と題した集会が開かれた。200人ほどが集まり、検察捜査の問題点などを論じ合った。

 ジャーナリストの鎌田慧さんは、事件の検事で、後に検事総長や首相を務めた平沼騏一郎らの捜査を「罪の無い人を陥れ誘導する取り調べ」と指摘。「今も同じようなことをしている」と述べた。
 安田好弘弁護士は、政界捜査などでの検察の影響力の大きさを指摘。「大逆事件の意味を理解するなら、今の検察の役割を根本的に見直す必要がある」と主張した。

 大逆事件

 1910年、明治天皇の暗殺を計画したなどとして、幸徳秋水ら社会主義、無政府主義者ら数百人が摘発された。天皇や皇太子らに危害を加えたり加えようとしたりした者を死刑とする大逆罪が初適用され、翌11年1月18日、26人中24人に死刑判決が出た。12人は翌日、無期懲役に「特赦」されたが、12人は1週間後までに処刑された。法的には67年、最高裁で再審請求の特別抗告が棄却された。

朝日新聞 2011年(平成23年)2月5日 土曜日


More >> 朝日新聞 記事

# by hukutsu-arida | 2011-02-05 18:13 | 大逆事件

大逆事件100年目の墓参

大逆事件100年目の墓参り
 顕彰会・新宮市長ら参加
 2011年1月17日


100年前に大逆事件で処刑された新宮市の医師大石誠之助らの命日(24日)を前に、市民団体「大逆事件の犠牲者を顕彰する会」のメンバーらが16日、犠牲者の墓参りをした。大石の墓参りには、大石を名誉市民に推挙することに慎重な姿勢の田岡実千年市長も初めて参加した。

 事件で有罪とされた「新宮グループ」の6人のうち大石ら3人の墓がある新宮市の南谷墓地には「顕彰する会」の二河通夫会長、田岡市長、市議ら約30人が訪れた。大石、高木顕明(けんみょう)(1914年に獄中で自殺)、峯尾節堂(みねお・せつどう)(19年に獄死)の墓に一人ずつ線香をあげて手を合わせた。

大石誠之助の墓に手を合わせる参加者=新宮市新宮

 大石を名誉市民にしようと活動する二河会長は取材に「この1年、シンポジウムや名誉市民の問題で、多くの方に関心を持ってもらえたことを報告した」と語った。田岡市長は、大石を名誉市民に推挙することについて「市議会が全会一致で賛成いただける状況になれば考えたい」と話した。

 新宮市の名誉市民は市の条例では市長が議会に提案することになっている。田岡市長が慎重なため、昨年11月に推進派の市議有志が議員提案での推挙を目指し、条例改正案を出したが否決された。その後、「顕彰する会」が市長の推挙と市議会の尽力を求める請願を提出。14日の総務委員会で採択され、3月定例会の本会議で議論される見通し。  

 大逆事件は、明治天皇暗殺を企てたとして1910年5月から社会主義者らが逮捕され、翌年1月に幸徳秋水ら12人が死刑、12人が無期懲役になった。「新宮グループ」の大石と成石平四郎が死刑、4人が無期懲役になった。

 成石と兄・勘三郎(31年死去)は田辺市本宮町耳打に、崎久保誓一(55年死去)は三重県御浜町に墓があり、「顕彰する会」のメンバーらはこの日すべて訪れた。(三島庸孝)

大石誠之助=新宮市立図書館提供

アサヒ・コム 2011年1月17日

# by hukutsu-arida | 2011-01-17 09:22 | 大逆事件

新しい年を意気高く

新しい年を意気高く
同盟活動を前進させましょう

      会長 柳河瀬 精


 新年おめでとうございます
 民主党政権が新「防衛計画の大綱」を打ち出しました。海外で共同作戦の展開を求める米国の要求に全面的に応えようとしています。「海外で戦争する国」にしようとするもので、改憲策動へも踏み込もうとしています。
 治安維持法下で生命をとして反戦平和をたたかった先輩たちの志を受け継ぎ発展させる決意を新たにするときです。
 侵略戦争、植民地支配について謝罪を明確にしていないことが根底にあります。正しい歴史認識の確立をめがし、ふたたび戦争と暗黒政治を許さない同盟の活動をいっそう前進させるときです。
 国民的運動へ高めていく決意をいっそう強めて、同盟活動を意気高く前進させるために奮闘しましょう。


不屈 N0.439 (毎月T5日発行) 2011年1月15日

# by hukutsu-arida | 2011-01-15 20:47

迎春


迎春



命はずます

            碓田のぼる



啄木をたかぶらせし明治の閉塞は今なお深しわが身めぐりに

人間の命は重しさりながらこの水惑星にいくさは止まず

ゴミ袋に捨てられにゆく桜落葉残んの色をなお滲ませる

ひたひたと来る力を信じつつ冬くる道に肩をすぼめず

新世紀十年目なり老いいながら命はずます明るさを待つ



主な記事

●迎春 命はずます………………………………1
●新年のあいさっと決意…………………………2
●新春随想/堀江ゆり・福田 耕・畑田重夫…4
●顕彰碑/千葉十七と安重根墨書の碑…………5
●抵抗の群像/吉見春雄…………………………5
●京大俳句事件のこと……………………………6
●レッドーパージ60周年のつどい ……………7
●時の焦点/いっせい地方選挙…………………7


不屈 №439 2011.1.15 発行



ぴよ~んと  飛躍



不屈 和歌山県版 №233

  2011.1.15


治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟和歌山県本部

640-8343 和歌山市吉田102 国労会館2階
Tel&Fax 073(422)7076


私たちの運動の基本

ふたたび戦争と暗黒政治を許すな。
一 治安維持法体制の復活に反対する。
二 国は、戦前の治安維持法が人道に反する法律であったことを認めること。
三 国は、治安維持法の犠牲者に謝罪と賠償をおこなうこと。

ぴよ~んと 跳ねて 飛躍の としに

   2011年 元旦

不屈 和歌山県版 №233 2011.01.15 発行

やりましたよ 今年こそ

和歌山県本部 会長 鶴 田 至 弘

2011年が始まりました。
新聞の川柳欄には早々と
「『今年こそ』言ってるうちに年が暮れ」
と言うのが出ていました。

あっと言う間に日が過ぎて行き、今年の同盟の国会請願までには残すところ百数十日です。
反動化を進める管政権がその頃どうなっているか分かりませんが、政府がビビルくらいの請願行動にしたいものです。

そのくらいの運動にしないと国は動きません。
いっせい地方選などで忙しい春ですが、同盟活動もその中にしっかり位置づけて、請願署名を頑張りましょう。

そのことが平和と民主主義、地方政治を守ることにも直結します。
入会勧誘のリーフもしっかり活用して「頑張った!やりましたよね今年こそ」。
そんな総括が出来るように奮闘しようではありませんか。

不屈 和歌山県版 №233 2011.1.15発行

№16 もくじ

不屈 有田支部版 №16
 もくじ 2003.02.15


☆ 小林多喜二生誕100年没後70年

☆ 小泉首相の靖国神社参拝に抗議する

☆ 第5回支部総会の写真

More > 総会の写真

# by hukutsu-arida | 2003-02-15 14:51 | 不屈有田№16

№15 もくじ

不屈 有田支部版 №15
 もくじ 2003.2.15
 

☆ 第1回幹事会 署名を急ごう!

☆ 小林多喜二生誕100年没後70年

☆ 「選定議定書」批准せよ!

# by hukutsu-arida | 2003-02-15 14:22 | 不屈有田№15

№14 もくじ

不屈 有田支部版 №14 
もくじ 2003.1.25


☆ あぶない教科書高校版「最新日本史」

☆ 討議 「人道に対する罪」と治安維持法

☆ ビデオ「燃やし続けた炎」

☆ 資料 戦争犯罪と人道に対する罪の時効不適用条約

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# by hukutsu-arida | 2003-01-25 14:03 | 不屈有田№14

№12 もくじ

不屈 有田支部版 №13 
もくじ 2002.12.19 


☆ 第4回総会開催

☆ 討議 有事法制

☆ 資料 国家総動員法

☆ 第4回総会出席者の声から

More > №13 記事本文へ


# by hukutsu-arida | 2002-12-19 13:43 | 不屈有田№13

№12 もくじ

不屈 有田支部版 №12 
 もくじ 2002.2.17


☆ 第4回総会のお知らせ

☆ 不屈バスツアー 「治安維持法犠牲者」の生と死

More > 記事本文へ

# by hukutsu-arida | 2002-02-17 13:38 | 不屈有田№12

№7 もくじ

不屈 有田支部版 №7
 もくじ 2000.7.20


☆ 県本部総会 有田から4名出席

☆ 第5回支部幹事会から

☆ 中国人強制連行・強制労働の生き証人

☆ 新会員紹介 広川町 S・Yさん

☆ 同盟国連要請団への激励や反響・・・

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# by hukutsu-arida | 2001-07-20 13:20 | 不屈有田№7

№6 もくじ

不屈 有田支部版 №6 
 もくじ 200.05.25


☆ 3・15 4・16大弾圧記念学習会

☆ 5・15 第5回支部幹事会から

☆ 国会請願署名 有田支部の経験

☆ 天皇訪問のオランダで戦争被害者らが批判

# by hukutsu-arida | 2001-05-25 13:16 | 不屈有田№6

№5 もくじ

不屈 有田支部版 №5
もくじ 2000.03.20  


☆ 目標達成!国会請願署名

☆ 同盟のビデオができます

☆ 国連人権委員会への訴え

☆ 第3回 国連要請

☆ 5月に「武器なき闘い」をみよう


# by hukutsu-arida | 2001-03-20 13:05 | 不屈有田№5